XII−NO.12の戦士達−

第一節 東京湾景・ブルーパーク
 
 
 第一節 東京湾景・ブルーパーク 
  

    1
 
 ぼくと壁凪圭悟が出会ったのは、世間が始めてワールドカップに出場する日本代表に注目していた小学四年の六月。
 ぼくたちは学校こそ同じだったけれど、同じクラスになったこともなければ、お互い街で偶然すれ違っても見たことあるかもとは思いこそすれ、声をかけることはなかっただろう。
 だからそれ以前にも出会ったことはあったかもしれないが、ぼくは覚えていない。つまりここでの出会ったというのは、ぼくがあやふやな同級生の存在を始めて壁凪圭悟という個人として認識した事を意味する。
 ぼくたちの小学校の近くには河川敷があって、なんとそこには荒れてはいたが芝まであって、ネットこそなかれゴールまであった。
 当然、仲の良かった近所の友達と草サッカーをする遊び場として活用した。
 残念なことにすぐ近くに花火大会で有名な矢田川が流れ、よくボールを川に落としてはずぶぬれになって拾いに行った。
 矢田川は遠い昔よく氾濫をおこし、近隣の町名の由来ともなった由緒正しき川らしい。そのせいか大雨の際には川に近づくなとよく親に注意され、そのたびに興味津々で雨に打たれるのもかまわず橋から氾濫しそうな川を見に行った。
 ある大雨の日、ぼくはいつものように川を見に行った。
 川は氾濫こそしていなかったが、土色に濁り、激流の一歩手前だった。もっと激しい流れを期待していたぼくは少しがっかりし、帰路につこうとした。
 そのときふいに視界の端をサッカーボールがよぎった。
 雨が滝のように降り続ける中、少年が一人河川敷でサッカーボールを蹴っていた。
 ぼくは思わず足をとめてその様子に見入った。たしかに彼は上手かった。だが足を止めたのは、雨の降りしきる中でボールを蹴っている姿に何かマンガやドラマのようなヒーローじみたものを感じたからだろう。
 多分そのまま十分も見ていれば飽きて立ち去ったに違いない。
 少年は見慣れない青いユニフォームを着ていた。袖口に炎の入った日本代表のユニフォームとは違うし、当時話題だったアルゼンチンの縦縞とも違った。背中のナンバーは十番。
 少年の蹴ったボールがゴールポストに当たった。ボールは点々と跳ね矢田川へと。
 少年も必死で追いかけるが短いストライドではなかなか追いつけない。ぼくは無意識に河川敷へと降りていった。
 今さらぼくに出来ることもないし、「危ないよ」と叫ぶことも思いつかなかった。ボールが川におちる寸前、飛びついた少年の手がボールに触れた。
 ボールは高く舞い上がり、川とは逆方向に転がっていった。
 かわりに少年の姿が消えていた。
 ぼくは傘を投げ捨てて走り出した。そして川を覗き込むと、少年が流されそうになり、必死に川岸にしがみついていた。ぼくは慌てて手を伸ばした。
 少年の手を掴んだ瞬間、踏ん張っていた足下が滑り冷や汗をかいた。だがすんでの所で岩にひっかかり、少年を引き上げることが出来た。
 少年の青いユニフォームは泥まみれになっていた。ぼくも白いシャツの所々に泥がついてしまった。
 後で川に近づいたことがバレてこっぴどく怒られるんじゃないかと、そんな事に恐怖感を感じたりした。
「ありがとう」
 少年が言った。だけどぼくは親に怒られるんじゃないか、自分はいけないことをしたんじゃないかと、そんな事で頭がていっぱいで怒ったような表情を浮かべ「気をつけろよ」といってその場を立ち去った。
 その少年が圭悟で、それがぼくたちの出会いだ。
 
 それから圭悟と再会したのは数日後。友達数人とすっかり雨の上がった河川敷でサッカーをしていると圭悟の方からぼくに近づいてきた。
 青いユニフォームは洗濯されすっかりキレイになっていた。
 なんでも圭悟の両親がぼくにお礼をしたいということで、ぼくを家に招待したいという。
 ぼくはぼくであの日のことを親に内緒にしいていたし、泥だらけになった靴下やシャツもゴミ袋に詰めてベランダに隠したままだった。だから圭悟の両親を通じてぼくの両親にバレるんじゃないかと思って断った。
 今思えば、他人の命を小学四年生が救ったのだから何も恥じることはないのに、当時はなんだかいけない事をしたような気になっていた。
 たぶん近づいてはいけないという川に近づいて危険な目にあったことがどこかでタブーを冒した気になっていたのだろう。
 だけど圭悟の方も、このままじゃパパやママに怒られる(当時の彼は確かに両親をパパやママと呼んでいた。今は断固否定するだろうけど)などと譲らず、結局泣き出した圭悟とぼくを責める友達達に根負けしてぼくは圭悟の家にお呼ばれすることになった。
 圭悟の家はぼくの家とは対岸にあり、川の向こう側はぼくらにとって未知の世界でもあった。
 繁華街にしろ駅にしろ、全てこちら側にあり川の向こうといえば市民プールがある程度しか覚えていない。ぼくは泳げないこともあって川向こうにはまったく興味を示さなかった。
 始めて歩く町は心を新鮮にさせる。
 空すら違う世界のものに見える。
 ただの雑草や街灯すら何か意味を持っているように思えてくる。
 その非日常生にぼくは先程までの不安さを忘れ、ちょっとした冒険を楽しんでいた。
 道中、圭悟と話したのは同じ学校だということの確認。それから圭悟の着ているユニフォームがユーゴスラビア(現セルビア・モンテネグロ)代表のものだということ。胸にストイコビッチのサインがあったのだが洗濯して消えてしまった事など。そんな話をしているうちに圭悟の家に着いた。
 普通の一軒家だったが、団地暮らしをしていたぼくにとってみればこれもまた新鮮だった。友達も全員同じ団地の仲間だったし。
 圭悟の家ではそれなりのもてなしを受けた。それなりというのは、緊張して覚えていないが親切にしてもらった事は覚えているという程度だ。圭悟の家には妹もいたが、その子の名前も覚えていない。圭悟自身、あまり家族の話をするタイプじゃなかったし。特に妹の事はあまり触れたくないことのようだった。
 圭悟の家で一番印象に残っていること。
 二人でワールドカップのビデオを観たことだ。
 我が家では早々に日本代表が敗退したこともあり、新聞で結果をみるほどの興味しかなかったが、圭悟の家ではBSにも加入しており、今のところ全試合観ているという熱の入れようだ。
 ビデオはユーゴスラビア対オランダの対戦だった。
 試合は後に韓国をワールドカップベスト4に導いたヒディング率いるオランダが、ベルカンプのディフェンダーをなぎ倒すゴールで先制。
 そして後半早々にストイコビッチの芸術的なフリーキックからコムリエノビッチの同点ゴールが決まり圭悟は飛び跳ねるように喜んだ。
 だがその後すぐにミヤトビッチがPKをバーに当てると二人揃って悲鳴を上げた。最終的にはロスタイムにダービッツのロングシュートが突き刺さり、ストイコビッチ最後のワールドカップは幕を閉じた。
 試合後、相手選手をたたえるストイコビッチの悲しい表情に圭悟は涙し、ぼくももらい泣きした。
 日本代表が負けた時も泣かなかったのに。
 ぼくと圭悟はそれからストイコビッチを通じて仲良くなり、一緒に瑞穂陸上競技場に応援しに行ったりもした。
 中学に上がって、二人でサッカー部に入部した。
 いつか二人でグランパスのユニフォームを着て豊田スタジアムのピッチに立とう。
 そう誓い合った。
 
   2
  
 そして圭悟は約束を果たした。
 圭悟はストイコビッチと同じ十番をつけ、入団会見で輝かしい笑顔を見せるだろう。
 一方、ぼくはといえば高校選手権を終え、部活も引退し、慌てて受験勉強にいそしんでいる。成績はそんなに悪い方ではないので、それなりの大学には受かるだろう。
 大学でサッカーを続けるかどうかはわからない。これを機にサッカーから足を洗い、新しい目標を見つけた方がいいのかもしれない。
   何かおもしろそうなサークルはないかと大学のパンフレットをめくっていると、けたたましく電話が鳴り響いた。
 母の足音が響き電話応対するのが聞こえる。それからぼくの部屋をノックする音が聞こえた。
「三汰、あんたに電話だって」
「誰?」
「さあ、何とかパイレーツの何とかさんって、勧誘かなんかなら切ろか?」 「ああ、多分そうじゃない? 適当に切っといて」
 いつもの事だった。この年代になると何かと勧誘が多い。若者のパーティに参加してみませんかとか、宗教に興味はありませんか、勉強の手助けにいい参考書がありますなどとひっきりなしにかかってくる。どこかで中学の卒業アルバムが売られ、それをもとに電話をかけてくるらしい。
 そんな連中を相手にするのはわずらわしいのでぼくは基本的に電話にでない。大体が母に応対してもらう。相手もさるものながら高校時代の同級生を装ったりする。大体、親しい友達なら携帯の方に電話してくるはずだ。
「三汰」
「何?」
「なんかどうしてもあんたにかわってほしいって。大事な話があるらしいよ」
「そっちにとっては大事でも、こっちにとっては全然大事じゃないんだけど……まあいいや、かわるよ」
 母の性格からするといつまでも相手の話を聞いていそうなので、ぼくがかわってはっきり言った方が早いだろう。
 母から子機を受け取り耳に当てる。
「もしもし」
 あえて不機嫌に低い声をだしてみせた。
「久留須三汰様ですか?」
「そうだけど」
「私、台場パイレーツのスカウティングを担当しております福山光治と申します」
「台場パイレーツ?」
「ええJ2の――ご存じありませんか?」
 一瞬、頭が混乱した。どうやら勧誘とは違うような。やっぱり勧誘のような。
「あのどういうご用件ですか?」
「ええ、久留須様を是非ウチの戦力に加えたく思いまして、入団の意思をがお有りかどうか確認の電話をさせて頂いた次第です」
 チーム? 入団?
「台場パイレーツって、あのJリーグの?」
「ええ、ですから先程も申したように……」
 J2のチームがぼくをスカウト? 考えてもみない事態だ。大体、ずっと公式戦に出てなかったのにスカウトされるなんておかしい。誰かのイタズラじゃなかろうか?
 こんなことをしそうな奴の顔をひとりずつ思い浮かべるが、どいつの声色にもあてはまらない。そもそも全員今頃必死に受験勉強にいそしんでるはずだ。
「もしかしてすでに他のチームからお誘いが?」
「いえ」
「そうでしょうね」
 少しムッとした。つまり他のチームから誘われるようなはずはないって意味だ。図星だけど。
「どうでしょう? もしよかったら詳しく話してみませんか?」
 どうやらイタズラではなさそうだ。しかし何故ぼくを?
 その後、少し話した後、電話を母に替わりいろいろと話が進んでいった。
 結局、ぼくは一度チームのある東京へと出向き、そこでいろいろと話し合うことになった。
 プロになる。
 それは確かに夢ではあったけれど。
 なんだか現実味が無く。狐につままれた思いだった。
 とにかく東京に行って。
 話を聞こう。
 だけど、心のどこかで
 押さえられない高揚感が膨らんでいくのを感じていた。
 ぼくはプロになれるのだろうか?
 そして壁凪圭悟と同じピッチに立てるのだろうか?
 
   3
 
「もうしわけございません。本来ならこちらから伺うのが常識というものですが、社長が是非久留須様に設備を観て決めてもらいたいとおっしゃるもので」
 新橋の駅に降り、ぼくを出迎えてくれた福山さんは挨拶もそっちのけで言った。茶髪にスーツ、ぼくとそう年齢も違わないだろう。始終笑顔を絶やさず「おつかれじゃありませんか?」「お腹は空いてますか?」などと聞いてくる。
「あ、ちょっとここでお待ちを」
 駅を出てすぐ、福山さんはぼくを置いて噴水の方へ駆け出していく。それから噴水のへりに腰掛け新聞を読んでいる男に呼びかけた。
「監督! 久留須様ががみえました」
 監督と呼ばれた男は新聞から目を離し、いきなりぼくを睨んだ。ぎょろっとした目で見られて、一瞬背筋が凍りついた。
 監督は手際よく新聞を畳むと、サングラスをかけ、悠然とぼくに近づいてくる。
 四十代後半くらいだろうか、皺のついたスーツを着流し、パーマがかった髪を整えることなくボサボサに伸ばしている。左耳にはリング型のピアス。指先にはごっついシルバーの指輪。遠目に見てもわかるドクロマーク。絶対に堅気の人間にはみえない。町で前から歩いてきたら絶対に目を反らすだろう。
「ええ、こちらが今季から台場パイレーツを率いる神楽京介監督です」
 福山さんがそう紹介したので、ぼくは恐る恐る頭を下げた。神楽監督は挨拶を返すどころか微動だにせず、低い声で福山さんに尋ねる。
「他の連中は?」
「えっと長崎と福岡の二人はあと二時間くらい遅れるそうです」
「このまま二時間待てって?」 
 何故か自分が怒られてる気分になって姿勢を正してしまう。
「いえ、とりあえずあとの二人はぼくが案内しますんで、監督は先に久留須様とスタジアムの方へ行ってくださって結構です」
 勘弁してくれ! こんなヤクザな人と二人で移動するくらいなら、一人で行きます。
「まったく人使いの荒い社長だ。これが監督の仕事か?」
 サングラスをしていても明らかに不機嫌な表情が見て取れた。
「監督にもいろいろ話があるみたいですよ」
「それは電話で済む内容じゃないのか?」
「さあ? そこまでは」
 福山さんはあいかわらず笑顔を絶やさない。これはもう営業スマイルを越してプロの域だと思った。
「じゃあとっとと済ませるか」
 神楽監督がぼくを見た。それだけで緊張度が六度に上がった。(平均は三度)
「行くぞ」
「はい」
「よろしくお願いしまーす」
 歩き出す神楽監督。あわててついていくぼく。笑顔で手をふる福山さん。  そしてぼくと監督は西口から東口へ抜け、ゆりかもめの駅へと向かった。  切符売り場に立つ神楽監督。ぼくも財布を出したがどこ駅まで買えばいいのかわからない。すると神楽監督がぼくに切符をさしだした。
「お前は払う必要ない。全部経費で落ちる」
「あ、はい」
 ぼくはまるで卒業証書でも受け取るかのように両手で切符を受け取った。
 ゆりかもめは平日の昼ということもあってか空いていた。ぼくと神楽監督は向かい合うように座る。同じ車両にはサラリーマンがひとり。
 間が持たない。
 ぼくはカバンから参考書を取り出した。名古屋から東京にくる途中の新幹線内で受験勉強しようと持ってきた物だ。
 ゆっくりとコンピューター制御された無人運転の車両が動き出す。
 実はお台場に行くのはこれが始めてで、少しワクワクしている。東京に来たのは修学旅行とストイコビッチの最後のリーグ戦(東京ヴェルディ戦)の二回だけだ。
 修学旅行では自由時間に国会議事堂や原宿をめぐった程度で、ストイコビッチの試合のときは東京スタジアムから観光もせず直帰だった。
 今回はクラブがホテルを手配してくれているらしい。話し合いが終わったらゆっくりお台場を観光できる。友達にいろいろ買って行かなきゃならないものもあるし。
「名古屋か」
 突然、神楽監督が口を開いた。
「確かみそカツだったよな」
「あ、はい」
 名物の話だろうか? まあ大阪の親戚と話す時も、きっかけはいつも名産物や観光スポットの話になる。だが名古屋には特に観光スポットと呼べるような場所はない。
「あれはうまいよな」
「そうですね」
 適当に合わせておいた。たしかに名物だが、そんなに毎日食べているわけじゃない。特に食べたくなるということもない。大体名産品の「ういろう」だって年に一回口にすればいいほうだ。
「エビフライは好きじゃない」
「はあ」
「エビが嫌いだからな」
 何が言いたいのだろう? ぼくの緊張を和らげようとしているのだろうか? だが神楽監督はそのまま窓の外をみたまま黙り込んでしまった。中途半端だ。逆に何も話しかけないでくれた方がマシだった。
「あの、監督はどこの出身なんですか?」
「……」
「……」
 ……無視された。ぼくの言葉がゆりかもめの車内を彷徨っている。なんかこのまま再び参考書にも視線を戻しても空気が重くなる。かといって何を言えばいいんだ?
 そうこうしているうちにレインボーブリッジの中へと入っていった。いつの間にかぼくの視線も窓の外に向けられている。やがて目前にフジテレビの社屋や観覧車が姿を現わした。
「……すげーな」
 ぼそりと神楽監督がいった。ぼくも自然と頷いた。
「すげーよ、お台場」
 もしかして……
「監督お台場来るの始めてなんですか?」
「ああ……感動もんだな」
 さっきからずっと窓の光景に見とれてたのか? それで人の話聞いてないのか? 
「お前ファンタジスタなのか?」
「は?」
 また唐突に問いかけられた。しかもファンタジスタって。
「お前のビデオを見た」
「ビデオ?」
 まったく公式戦に出てないとというのに。
「いつのビデオですか?」
「中学の県予選だったかな? お前が無茶な体勢からヒールでループのパスを通したやつだ」
 県予選だ。たしか二回戦。圭悟がハットトリックを達成した試合。ぼくは4アシストだっけ?
「すごい古いビデオですね。よくそんなのありましたね」
 おもわず苦笑いする。
「いろいろと知人にあたって取り寄せた。それなりに苦労させられたよ」
 神楽監督は口の端を上げる。
「でも中学時代のプレーじゃ参考にならないでしょ。三年間も公式戦から遠ざかってるし」
「何を心配している」
「心配?」
 心配なんて……もうとうの昔にあきらめた事だ。わかってるんだ。夢見ちゃいけないって。それはもう三年間必死に練習して思い知らされた。ぼくのピークは中学三年で終わった。それを認めなくちゃならない。
「心配なのはクラブの方ですよ。ぼくなんか獲得しようだなんて、何を血迷ったのか」
 ぼくは自分を卑下して笑って見せた。クールぶっている。格好悪い。だけどどうしようもない事実なんだ。
「大丈夫だ。お前は十分通用する」
「は……?」
 何に通用するって? まさかぼくが本当に戦力にでもなるって? 
 そんな夢をみさせるような事をいうなんて
 この人は
 なんて
 残酷なんだ。
 あきらめてしまいこんだものが、胸の奥で疼く。それを呼び覚ましちゃいけない。夢をみてていい時代は終わったんだ。高校時代に全国優勝した。控えだったけど、それを思い出にして終わりにするんだ。
 惨めなおもいなんてしたくない。
 悪あがきなんてしたくないのに。
 この男は、ぼくに悪魔の囁きを喰らわせる。
 耳を傾けるな。
 現実をみるんだ。
「三年間プレーできなかったのはいい方に働くかもな。余計なクセがつかずに済んだ」
「過大評価ですよ。勘ですか? ぼくに才能があるとか? マンガみたいな話ですね」
「ちゃんと調べた上でだ」
 神楽監督はアタッシュケースの中から分厚いプリントの束を取り出す。どれもがしわくちゃになって、ビッシリと書き込まれている。プレイスタイルや特徴。それに試合でのクセ。チームメイトの証言。ざっとみただけでも膨大な資料だ。
「お前達選手のデータは集めた上で話している。こっちもこれでメシを食おうってんだ。勘だとか運だとか、そんな曖昧なものに頼るつもりはねーよ」
 神楽監督はサングラスを取り外す。ギョロッとした双眸に青ざめたぼくの表情が映し出されると、彼は愉快そうに笑った。
「見ろよ」
 車窓の方を指さす。ぼくはその指がさし示す先へと視線を転じた。海の上に浮かぶ巨大な建造物。新たに埋め立てられて作られた競技場。それは船をイメージして造られたのだという。
  
 台場ブルーパーク。
  
 台場パイレーツのホームスタジアム。その壮麗さ、巨大さにぼくは圧倒された。
「俺達の『海賊船』だ」
 スタジアムの上になびく旗。ドクロマークの入った赤と黒の旗。台場パイレーツのエンブレム。
「あそこはお前のホームになる。お前には十分その価値がある。ただ――」
 再びギョロッとした瞳がぼくに向けられる。だが不思議と恐怖は感じなかった。むしろいまは何故か引き込まれるような感じがする。何かの催眠術にかけられたのだろうか?
 いつの間にかぼくは神楽監督の言葉を素直に聴くようになっていた。
「――ファンタジーは捨ててもらおうか」
    


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